の代表的人物である中井源左衛門(一七一六〜一八〇五)は、何と独自の「複式簿記」を考案し、本店・支店間の収支決算などに活用していたのです。この簿記方式は「中井家帳合法」と呼ばれ、貸借対照表と損益計算書の機能を持っていて、両者の数字を毎日きっちり合わせていたといいます。いわば商売繁盛のための貴重な経営ノウハウであり、他の商人に真似されては困るため、門外不出の秘伝とされていました。近江商人ならではのずば抜けたバイタリティーと商才に、複式簿記という「会計力」まで加わったのですから、これはまさに鬼に金棒ですね。ただ、残念なことに複式簿記を世界で初めて集大成したのは源左衛門ではありません。十五世紀のルネサンス期に栄えたイタリアの商業都市・ベネツィアの修道僧で、数学者でもあったルカ・パチオリ(一四四五〜一五一七)が複式簿記の始祖とされています。日本同様、当時のヨーロッパでも複式簿記は秘伝中の秘伝でしたが、パチオリは複式簿記の仕組みを『ズムマ』という数学の本の中で詳細に解説しました。パチオリの本によって複式簿記の考え方は全ヨーロッパに広がり、各国の商業経済の発展に大きく貢献しました。このことについては本書第一章(二九〜三三頁)で詳しく紹介していますので、ご参照ください。今や複式簿記は世界中に普及し、誰もが知る当たり前の会計手法となりました。かつてのような「秘伝」としての希少価値を失っているわけですが、近代社会は、その力を生かしきっているでしょうか。考えても見てください。果たして、現代の日本企業は複式簿記という優れた会計思想の真 10
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